うちの子は落ち着きがなくて

高松国語塾EQZ塾長です。

「うちの子は落ち着きがなくて」と嘆く親御さんがいます。今度は落ち着きですね? 「落ち着きのなさ選手権」なら、僕も負けませんよ。妻には「大人の多動症」とも言われています。

つまり、僕は落ち着きがなくて、元生意気で、変わった人、なんですよね。まあ、もっとありますが、今日のところはその辺で勘弁してやってください。

僕は、じっとしていることが苦手なんですね。サラリーマン時代に会議で2時間程度、会議室にずっと座っていなきゃいけない、というような場面、もう発狂しそうになるんですよ。

新幹線や飛行機は間違いなく通路側を取ります。すぐに立って歩けるように。なんせじっと座っていられませんから。特に飛行機は恐怖です。飽きたから途中下車ってできませんから。

「たまには温泉にでも行って、のんびりと……」の「のんびり」が非常に困難なのです。「のんびり」できないのです。当然「ゆっくり」もできません。

僕自身がそんなだから、生徒にも、時々歩いたり外を散歩したりしても良いと伝えてあります。

しかも落ち着かないのは体だけではないのです。思考も落ち着かないのです。いくつもの思考のネタがぐるぐると頭の中を巡っていて、考えがあちらこちらに飛ぶんですね。一つのことをギュッと集中して考えることが苦手なんです。

だから、いつも、A→B→C→D→E、といくつかの思考ネタを、螺旋階段のようにぐるぐる回りながら高めていっているというイメージです。まあ高まっていればまだ良いのですけどね。

体も脳味噌も落ち着きがないのです。

落ち着きがないというのは一見マイナスのイメージですが、実はそうでもないですよ。

落ち着きがないから、あちらこちらにを見る。すると、落ち着いている人よりたくさんの情報を見ることができる。実際、観察眼が優れていると言われますが、単純に見ている情報量が多いのだと思います。落ち着いていないから。

思考も一つのことに集中していない代わりに、様々なことがリンクされてより柔軟性のある回答がでてくることもありますよ。僕自身、それをよく実感するので、思考回路の落ち着きのなさは却って良かったなと思うぐらいです。

また、一つのことを考えていて、一旦それから離れて違うことを考えているうちに、閃くこともよくあります。離れることによって、別の何かがインスピレーションを与えるのかもしれません。

だから、思考が落ち着きなく頭の中をぐるぐる回るのは、思考が昇華しやすいのではないかというのがボクの実感なのです。

そもそも、子どもって落ち着きないでしょう? 落ち着きのなさというのは、生意気さと並んで若者の特権なのではないんでしょうかね? 

落ち着きがなくて、あちらこちらを見たり、あちらこちらを動き回ったりすることは、言い換えれば、人より多くの情報量を獲得し、体験値を増やしていることになりませんかね?

「この子は落ち着いていて良い子だ」という評価は、誰にとっての「良い子」なんでしょう? もしかして「大人の手を煩わせない」という意味で「良い子」なんでしょうか? だとすると、ちょっと残念です。完全に大人の都合による「良い子」ですもんね。

「うちの子は集中力が10分しか持たなくて」と嘆く方もいらっしゃいますが、それって何か問題があるんでしょうか?

10分持てば良いじゃないですか。10分集中して休んで、また10分集中して休んで、そのサイクルでやれば良いだけなのではないでしょうか?

ちなみに僕は10分はたいてい持ちません。このサイト内のブログ記事も1本を何度も何度も分けて書いています。だから、書き散らしている記事(スタンバイ中)が何本もあります。自分が落ち着きがなくて集中もできない人間だと自覚しているので、それに対処しているわけです。

ここがポンとだと思うんですよね。落ち着きがない、集中しない、のであれば、それが分かった上で、やりやすい方法を選択すれば良いのではないかと。

大事なのは、「平均的には」とか「標準は」とかの一般論的ではなく、自分の特質に合わせて「自分の快適な方法を見つけること」ではないんでしょうかね。だって、何から何まで、人と自分は違うはずですから。

保護者説明会「国語の危機を救う具体策」