今わたしたちがきっと見ていること

高松国語塾EQZ塾長です。

今、わたしたちは、きっと時代の曲がり角を見ているはずです。100年後に振り返ってみると明らかになるんでしょうけど残念ながら検証できません。

でも、そう確信しています。

 

歴史の復習です。幕末から明治にかけての主な出来事です。


1853年 ペリーが浦和に来る

1854年 日米和親条約

1858年 日米修好通商条約

1860年 桜田門外の変

1863年 薩英戦争

1864年 四国連合艦隊が下関を砲撃

1867年 大政奉還、王政復古の大号令

1868年 鳥羽伏見の戦い~戊辰戦争

1869年 明治時代始まる

1872年 郵便制度、新貨条例、廃藩置県

1873年 学制、鉄道開通、富岡製糸場

1876年 廃刀令、秩禄処分

1877年 西南戦争

1885年 内閣制度

1889年 大日本帝国憲法発布

1890年 第1回衆議院議員選挙 第1回帝国議会

1894年 日清戦争

1895年 下関条約


懐かしいですね。いや、参加していたという意味ではなく、昔習ったという意味で。

 

この流れをよくよく見てほしいのですが・・・。

 

ペリーが黒船で日本にやってきて大騒ぎになった1853年から、日清戦争に勝って講和条約を結ぶ1895年まで、たったの42年なんです。

 

西南戦争ぐらいまでは国内戦争がほとんどで、少しだけ外国とドンパチやった薩英戦争とか四国連合艦隊との戦いなんか全然勝負にならなかったんですよ。

それが、内閣制度、大日本帝国憲法、衆議院議員選挙、帝国議会等で一気に政治的に近代化して、第1回帝国議会の4年後には日清戦争で勝つ、という流れ。

 

この短期間にこれだけ激動の出来事が起こっているって、尋常じゃないですよね。

 

 

同じように激動の時代を追いかけてみると、敗戦後もそうだと思うんですよ。

1945年敗戦です。その42年後の1987年頃ってどうだったか分かりますか?

はい、バブル最盛期に向かっている途中です。

1980年代後半には、国民一人当たりGNPがアメリカに次いで世界第2位になりました。そして、1989年日経平均株価が史上最高の38,957円になりました。

 

敗戦焼け野原から世界第2位まで駆け上がったこの42年もすごくないですか?

 

1987年と言えば、あと8年でWindowsが発売(←1995年です)になるんですよ。

つまり、第二次世界大戦が終わってから50年で、世界中がつながるインターネットが本格的に稼働し始めるわけです。

 

 

江戸時代の終わり~明治初期には、時代の曲がり角がいくつかあったと思います。

 

敗戦ももちろん曲がり角だったでしょうし、Windows95の発売も曲がり角だったと思います。

 

曲がり角とは、時代がグッと動き始めた、という意味です。それまでの価値観が変わった瞬間と言っても良いでしょう。瞬間と言っても数年程度はかかったでしょうけど。

 

 

 

そして今もきっとそうだと思います。

時代が曲がっている最中だと感じるのです。

インターネットの登場によってググっと曲がりました。それがスマホの登場で更に曲がり方は急角度になり、インターネットの進化、そして、AIの進化によって、また曲がろうとしているように感じるのです。

しかも曲がり方が急であると。

だから、振り落とされる人も多くなる。上手く曲がれなくてあちらこちらにぶつかる人も多くなる。曲がること自体をあきらめる人も増えてくる。

 

急角度で時代が曲がっていることは、その時代真っ只中にいるので気付かないのだろうと思います。時代の流れと一緒に暮らしているからですね。

 

でも、冷静になって考えてみると10年前20年前と価値観が大きく変わっていることに気付くと思います。

「当たり前だったこと」が当たり前でなくなり、「思いもよらなかったこと」によって価値観が支配されているということです。

 

だから、僕が思うのは・・・

 

 

だから、若い感性で世の中を捉えている人の方が正解だと思っているんですね。

逆に言うなら、昔の感覚を引きずっている人の方が間違っている面は多いと。

 

僕らの若いころでもそうでした。

じいちゃんばあちゃんが言うことには「そんなの時代遅れだよ」という思いがありました。そして、それはたいてい僕らの方があっていたんです。

肌感覚というものかもしれません。

 

昔は良かったと懐古主義に陥っている人と、これからどうやって未来を切り開いていくかと考えている人とでは、そもそもアンテナの精度が違うはずです。

 

 

ググっと時代が曲がっていて、その曲がり角の向こう側はどうなっているのか全く分かりません。

だからこそ、「個の力」「己の力」を鍛えていく必要があると思っているんですよ。

時代がどう変化していこうとも、その流れを読み、自分で考えて、手を打てる力です。

 

そして、国語の塾の先生としては、それを達成するために

◆ちゃんと文章を読んで、理解して、表現する力

をつけてあげたいなと思っているわけです。

 

そういう力をつけておけば、テストでの点数なんか「屁」ですから。

 

点数が「屁」レベルになるという意味ではありませんよ。特別な対策なんか考えなくても取れるという意味ですよ。

 

そう考えれば、中学校の定期テストの過去問なんかを引っ張り出して解いて、「点数が取れた」「過去問とは違う問題が出た」等というのは、いかに低次元の話であり、いかに思考レベルが低い塾なのか分かりますよね。

 

しかも、過去問印刷配布なんて犯罪だし…笑

 

 

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