高松国語塾EQZ塾長です。
バカンス塾というお話です。
タイトルからして意味不明でしょう?
最後まで読んでいただくと意味が分かるはずです。
自由制度の背景
通塾時間は選択してもらっています。開校時間枠を提示するのでその中から選んでもらうわけです。
「小学〇年生は★曜日の◆時~」という時間割はありません。
ですので、塾に来る時間・帰る時間はバラバラです。
授業中の休憩は好きにしてもらっています。僕の方から「そろそろ休憩してください」とは言いません。自分が休憩したいと思えばすれば良いです。する必要がないと思えばしなければ良いです。
学習内容は、学年があがると自由にしています。国語の読解(古文を含む)は原則としてやってもらいますが、それ以外はメニューを提示してあるので、その中から自分にとって必要なことを選んでやってもらいます。
小学生やまだ慣れていない子はこちらから指示をしていますけどね。
読解問題をするにしても、一律はありません。その子の状況によって取り組むべきテーマは異なります。進め方も異なります。これは僕の方から進め方を指示しています。
宿題は自由にしています。こちらから「〇〇をやりなさい」とはあまり言っておりません。自分が必要だと思えばやれば良いし、仕上がっていると思えばやらなくて良いし。
ですので、「塾生は一律〇〇をしなければいけない」ということはほぼないはずです。
僕の中では当たり前すぎることです。
全体ではなく個
僕が考えているのは、「個の力」の向上です。
最初から最後までそれです。
学年全体とかクラス全体みたいなことは一切考えていません。そもそも「クラス」というものは存在しませんし。
一応の進め方、問題集は決まっていますが、それも個によってすべきことは異なります。同じ問題集であってもやっていることは異なります。それは、その学習内容が「その子にとって必要だから」です。
だから、同じ問題集の同じページであっても「キミはここをやりなさい」「キミはここをやらなくて良いからこっちをやりなさい」という指導になります。
個の力の向上を考えればそうなりますよ。
僕の中では当たり前すぎることです。
確認の場所
学校でも国語の授業はあります。クラス式での授業でしょう。
はい、全く否定しません。しっかりと受けてきてください。学校で習うことはベースになります。
その上で……よくよく考えてくださいよ。
自分の読む力、解く力、書く力というのは、どこで見てもらっているのでしょうか?
問題を解いて×になりました。それはなぜ×だったのか、言い換えれば自分の考えの何が悪かったのか、指摘されていますか?
記述問題を解きました。50字書きました。解答と少し違っている。これはどこが良くてどこが悪いのか、分かっていますか? どこで指導をしてもらっていますか?
自分のできていないところをどこで指摘され、修正できているのか? ということです。
それは「個々に指摘し修正していくしかない」と僕は当然のように思うのですが、違いますか?
塾の価値はそこにあります。
個の対応
そのような考えから個別に国語を指導しています。
生徒の来る時間が何時だろうが、帰る時間が何時だろうが別に構わないのです。その時間枠の中で、僕ができることを誠意をもってしてあげるだけです。
生徒の方にもある程度の自立は求めたいわけです。
次に何を学習すべきか、どのタイミングでどのぐらいの時間休憩するべきか…そんなことはこちらが一々言わなくても自分で判断すれば良いです。
えっと、となると……塾に来て全時間帯休憩するっていう判断もアリになるかな?
それってもはやバカンスね。
と、ようやく本日のタイトルにつながりました。
なぜ国語ができないのか、できるようになるためには具体的に何をすべきなのか。
お子さんの国語力向上のスタートはここからです。
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