正解の再現性

高松国語塾EQZ塾長です。

今回は「正解の再現性」というお話です。これまた重要なお話になります。お付き合いください。

 

 

 

まず「再現性」とは何ぞや? という点です。

再現性とは、一般的には、実験等の場で、ある手法によって得られた結果が同じ手法で何度でも得られる、ということです。字義通り、同じ結果が「再び現れる」ということですね。

当塾で提唱し指導している、読解問題の解き方のルールというのも、実はそれを目指しているわけです。実験のように100%再現はできないかもしれないけど、少なくても「感覚」や「何となく」という曖昧なものではなく、論理に基づいたルールを適用することで、再現性を高めようとしているわけです。

 

 

 

学校でも塾でもテストなるものを受けます。そのテストはどう活用しているでしょうか?

大きく分けて二つのアプローチがあります。

一つは、間違った問題の分析です。レベルの低い指導者だと「よく頑張ったね」「ミスが多かったね」程度のコメントで終わってしまいます。僕は違う見方をしていますが、それはここでは割愛します。

 

もう一つのアプローチが、「正解だった問題の分析」です。これは割と見落としがちなのではないでしょうか。

〇がついていれば「あー良かった」でお終いになっていませんか? 漢字などの知識系はそれでも良いと思うのですが、読解問題に対してそれだけで終わるのは勿体ないと感じています。

せっかく受けたテストです。もっと有効に活用してほしいと思うわけですね。

 

 

 

正解だった問題に対して何をするというのでしょうか?

 

正解をとれた問題を解いた時の手順を思い出してください。具体的には、「設問を読む」→「何を答えるべきなのかを把握する」→「答えを探す」→「設問の意図と照らし合わせる」→「正解か否かを判断する」→「正解を書き込むor選択する」という手順です。

その手順は、正解にたどり着いたのだから、正しい手順のはずです。正しい考え方をしたはずです。それを思い出してほしいのです。

そして「こうやって解けば良かったんだ」「この考え方で良かったんだ」とその正しさを再認識してほしいのです。そうすることで、「解き方の手順の正しさ」が蓄積されていきます。

この「解き方の手順の正しさ」を知っているということは偉大です。それはすなわち「どんな問題が出てもその手順で正解にたどり着くことができる」ということですので。

これは、僕自身も普段の指導時に意識していることです。正解をとることももちろん大事ですが、それ以前に、問題に対して正しい解き方で臨めているか否かを念入りに確認しています。

言ってみれば「その問題の正解をとる」というより、「その問題の正解にたどり着く方法論が正しいか否か」を見ているということです。

 

 

 

テストには、志望校の合格判定を確かめるという意味もあります。それはそれでデータ活用としては正しいことですので何も否定するつもりはありません。

その他に、テストでは、受験することによる慣れが出てくる、受験に向けての準備の仕方が分かる…等のメリットもあります。

更に、テストでできなかった問題の分析も重要事項ですし、上記の通り、できた問題からは「正しい考え方」を蓄積できるというメリットもあります。

ですので、「受けました、結果が良かったですor悪かったです」……だけで終わらせるのでは、ほとんど活用できていないと思いますよ。

 

 

 

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