国語は日本語

高松国語塾EQZ、塾長です。

「国語なんか日本語なんだから勉強しなくてもできる」みたいな発想の人がいます。果たしてそうなんでしょうか?

 

 

 

高校入試でも大学入試でも、国語はあります。受験生はそれなりに勉強してきている子たちです。特に大学入試においては学力が高い子も多いです。

例えば、第1回共通テストでも、現代国語がありましたが、200点満点で平均点は117点でした。6割とれていないわけですね。

香川県公立高校の入試でも国語はあります。これは古文も含みますが、50点満点中、平均点は大体30点前後になります。大体6割程度ですね。

この事実をどう捉えますか?

国語は日本語なんだから勉強しなくてもできる、という主張が正しいなら、全員が満点を取るはずですよね。

勉強をしてきた受験生が、なせ6割程度しか取れないのか、説明ができるのでしょうか?

 

 

 

国語の問題で、本文をよく読みなさいとか、設問をよく読みなさいとか、言われます。はい、それは重要です。でも、生徒は読みません。頑なに読みません。

いや、むしろ「読めない」と言っても良いでしょう。

EQZの中学生は全員が高松高校、高松一高を目指しています。一般的には成績が良い子たちです。でも、EQZの授業を通して、自分が読めていないことに気付かされているはずです。そう、読めていないことに気付くのです。僕が指摘をします。一人一人の答案を丁寧に見ているからこそできる指摘なのです。

逆に言うと、多くの子は自分が読めていないことに気付いていないということですね。読めているつもりになっているだけです。

違います。読めているのは「文字」です。「文意」ではありません。

その証拠が、テストでの平均点だと思いませんか? 本文も設問も「文意」が読めているなら、平均点が6割程度ということにはならないはずですよね?

 

 

 

確かに、日常的に使っているのは日本語であり、入試問題も日本語です。ですので、「国語は日本語だから」という点においては、その通りです。

しかし、同じ日本語であってもレベルが違います。

「お腹空いた、何か食べたい」「宿題やらなきゃ、いっぱい出てるから」という日常生活を最低限度で過ごすレベルでの日本語が入試に出るわけではありません。

 

 

 

下の問題は、有名な「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」新井紀子著 からの抜粋問題です。

 

 

 

Alex は男性にも女性にも使われる名前で、女性の名 Alexandra の愛称であるが、男性の名 Alexander の
愛称でもある。この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。

Alexandra の愛称は(   )である。

選択肢
 ①Alex ②Alexander ③男性 ④女性

正解  ①Alex

中学生の正解率は、なんと38%でしかありません。たったこれだけの文意を読み取れていないのです。簡単に言うと、10人中6人は意味が分からないということです。学校で「中間レベル」に位置している子は、読めていないのですよ。

衝撃的ではありませんか?

これが僕が言う、文字は読めているけど文意は読めていない、ということです。

今「なんと38%」と書きましたが、現場の実感からすると、別に驚くべきことではありません。「ああ、中間レベルになるとそりゃ読めないだろうな」と思えます。

 

この状態でも「うちの子は文意を読めている」と自信をもって言えるのでしょうか?

また、「国語は日本語だからできる」と言えるのでしょうか?