お手伝いをしよう

高松国語塾EQZ塾長です。

国語ではなく、道徳の時間のタイトルみたいになってしまいました。

「お手伝いをしましょう」と語られる割には、その意義はあまり語られていない気がします。

子どもが家庭でお手伝いをすることは、僕は賛成なんですね。なぜかと言いますと……

お手伝いは「世間を知ること」につながると思っているからです。単に「作業」で終わらせてしまうのはあまりに勿体ない気がします。

親御さんの手伝いをすることによって、親子のコミュニケーションが増える、終わった時の充実感を味わう、等の要素もあることと思います。それはそれで良いと思います。

ただ、最も主な狙いは、「身の回りのことから世の中のことを知っていくきっかけ」にあると思います。

手伝うことによって、知ることもたくさん出てきます。その一つは、「方法」です。やり方を知る。これは、生きる力にも繋がりますよ。掃除の方法、洗濯の方法、皿洗いの方法、調理の方法、片付けの方法、これら生きていく上でうえで必須アイテムでしょう。

「方法」を知るためには、実際にやってみることはもちろん必要ですし、方法を学ぶことによって新たな知識も増えるはずです。

中学生にもなって、トイレットペーパーの変え方を知らないとか、スプレー(殺虫剤のような)の使い方を知らないとか、ちょっとあり得ない子もいるぐらいですからね。勉強以前に、世のなかを生きていけないでしょうに。

「あなたは、そんなこと(手伝い)しなくても良いから勉強しなさい」等と言って、「世のなかを勉強する機会」を奪っているわけですね。



手伝いをする中で、お子さんにその背景を教えてあげてください。

ゴミはなぜ分別するのか? ◎◎を捨てるときはどうするのか?

皿洗い、様々な大きさ形の食器の使い方はどうなのか? また、それぞれの食器は何でできているのか? この食器は割れるけど、こっちは割れない、それはなぜなのか? 

洗濯はなぜするのか? しないと一体どうなるのか? 晴天と雨天では乾き方はどう違うのか? どういう干し方が良いのか? 

この食材とあの食材は何が違うのか? 元は何からできているのか? その原料はどうなっているのか? 炊く、煮る、茹でる、沸かすとは何が違うのか? 焼く、炒めるは何が違うのか?

等々、身近な世のなかを教えてあげてほしいのです。いずれ、お子さんは一人で生きていかなくてはならないのです。自立した生活ができるために、まずは身の回りのことを教えてあげましょう。その延長上に、「何か」が「何か」につながる可能性はあります。

「何か」が「何か」につながる、とはかなり抽象的でしたね。

例えば、陶器の食器、ガラスの食器、プラスチックの食器の違い、原料などを教えたとします。そこから興味を持って、土の研究が始まるかもしれない、ということです。同じ「土」なのに、なぜこうも違ったものができ上るのか?という興味を持ってくれるかもしれません。そこから発展して地層に興味を持つかもしれません。地層を調べているうちに、化石に興味を持つようになるかもしれません。

逆に、何も発展しないかもしれません。別にそれはそれで良いのです。全てのことに興味を持つわけではありませんから。

でも、「何か」がないと、その先の「何か」は生まれないですよね。

保護者説明会 国語の危機を救う具体策