Line-ltd 2021.01 共通テスト現国

2021年1月に第1回共通テストが行われました。現国の問題に関する所見です。あくまでも、私が解いてみた感想である旨、お断りしておきますね。また、国語の現状に関する所見も後述しております。





抽象語の理解

以下の文章は、論説文の2段落分を抜粋したものです。読んでみていただけますか?

—-抜粋——————–
妖怪はそもそも日常的理解を超えた不可思議現象意味を与えようとする民族的心意から生まれたものであった。人間はつねに、経験に裏打ちされた日常的原因ー結果の了解に基づいて目の前に生起する現象認識し、未来を予見し、さまざまな行動を決定している。ところが時たま、そうした日常的因果了解では説明のつかない現象遭遇する。それは通常の認識予見無効化するため、人間の心に不安と恐怖を喚起する。このような言わば意味論的な危機に対して、それをなんとか意味の体系のなかに回収するために生み出された文化的装置が「妖怪」だった。それは人間が秩序ある意味世界のなかで生きていくうえでの必要性から生み出されたものであり、それゆえに切実なリアリティともなっていた。民間伝承としての妖怪とは、そうした存在だったのである。

妖怪が意味論的な危機から生み出されるものであるかぎり、そしてそれゆえにリアリティ帯びた存在であるかぎり、それをフィクションとして楽しもうという感性生まれえないフィクションとしての妖怪という領域成立するには、妖怪に対する認識根本的変容することが必要なのである。

—–抜粋終了———————-

以前からそうですが、大学入試の文章というのは抽象度が高いものになっています。今回の論説文は、そこまで抽象度が高いという印象は受けませんでした。

青い文字は、抽象度の高めの言葉、身の回りにない言葉です。これだけ多くなると、抽象語の獲得ができていない子には、何を言っているのかが皆目分からないはずです。ただ、まだマシな抽象語だと思います。漢字の意味から推測ができる言葉(心意、無効化、喚起、変容…等)が比較的多くあるからです。

語彙力の少ない子は悲惨ですよ。読んでも読んでも意味が分からないのですから。

更に日本語としての言い回しが分からない子もいます。本文中の「感性は生まれえない」という部分です。結局、感性は生まれたのか生まれていないのかが分かりません。この表現は、ちょっと頭の良い子なら意味が分からなくてもまだ推測できます。「感性は生まれない」と「え」を飛ばして読みます。否定していることは間違ってないので趣旨自体は間違わないのです。

が、例えば「感性は生まれないと言わざるを得ない」みたいになるともうダメです。肯定なのか否定なのか、分かりません。肯定と否定を読み間違えるということは、すなわち、主張を逆に捉えるということでもあります。これはもう正解にはたどり着けません。

小学生の中学年頃から徐々に抽象語が増えてきます。中学生になると一気に増えます。段階的に取り残される子が出てきます。小学生の頃はまずまずできていたのに、小学生の高学年~中学生になるとできなくなってくるという原因の一つはここにあるはずです。抽象語が獲得できないのです。

抽象語が獲得できない原因としては、「世間が広がっていないから」だと思っています。大きくなっても幼児の頃と同じ環境下でしかないわけです。身の回りにある言葉がずっと同じなのです。

ある先生が「抽象語が分からないのは具体例を知らないから」と言っていました。私も賛成です。具体例を知らないということは、結局、世間が広がっていないということでもあり、体験値が少ないということでもあろうかと思います。

「読んでも読んでも意味が分からない状態」というのは、単なる記号を追いかけているのと同じことなのです。ほとんど知らない外国語を読むのと大差ありません。脅しでも何でもなく、こういう子は非常にたくさんいます。たくさん、というのは、大多数と言って良いです。

国語という科目の成績が伸びにくいと言われるのは、まさにこの点で、「今まで捨ててきた抽象語」を拾っていこうと思ってもその数が莫大過ぎるし、学年相応の「リアルタイムで身につけるべき抽象語」も追いかけられていないわけですので。そして、上記で挙げたような日本語の言い回しが分からず、主張を読み取れないわけですから、国語ができるようにはなりません。それ以前に読めていません。



世界観

小説文も出題されていました。私はこれを解いてみて、はっきり言って「簡単だね」と思ったのですが、現塾生である高校生(1年生2年生)たちに聞いてみると、論説文より小説の方が難しく感じたようです。

彼らの読解力は決して低くないのです。模試でも高得点をとっています。にもかかわらず難しいと思うのはなぜか?

一つ思い当たるのは、世界観です。実はこの小説は100年ほど昔(大正時代)の小説なのです。ですので、文章自体は分かったとしても、その時代の世界観が分からない可能性があります。調べてみますと、電話もまだ一般的ではなかった時代のようです。そういった環境の中での生活が想像できるか否か、一つの分岐点だと思います。

例えば、次のような言葉が出てきます。

下宿」「妻君」「下女」「懐中時計」「羽織袴」「良人

今でも使っているものもありますが、どんなこと(もの)なのか明確に分からない可能性はあります。となると、光景を思い浮かべることができないということになります。野球の小説が題材で、野球を知らないとその光景が浮かばない、というのと同じようなことだと思います。

更に、大正時代の言葉遣いが出てきます。

(その)」「了った(しまった)」「外にも序がある(ほかにもついでがある)」「呉れた(くれた)」「一寸も(ちっとも)」「…の様に(ように)」「そう言い言いした」「而も(しかも)」

これらの言葉も今でも使わないわけではないけど、見慣れない言葉で違和感があるかもしれません。

そして、やはり語句の意味です。

言いはぐれる」「辞退する術がなかった」「妙な羽目」「恩恵的債務」「おのずから違って」「敷居が高い」「邪推深い」「往来できる」「相違ない」「他に口がある(働き口があるという意味)」

こういった言葉の意味が分からない可能性はあります。「辞退する術がなかった」のは、辞退したのかしていないのかが分からない。多くの子は「術がなかった」が分かりませんし、下手すると「辞退」が分からない。「相違ない」も分からない子が多いでしょうね。「言いはぐれる」は、実際に言ったのか言っていないのか、それが分からなければ、もしかすると、全く逆の意味にとる可能性もあります。最近、中学生に指導していた中で出てきた「言いそこねる」と似たようなものです。言ったのか言っていないのかが分からないのです。



最強の対策とは

共通テストの試行問題(要は練習問題)として提示されていた国語の問題では、

・会話文が多い
・複数の資料を追いかけて読む必要がある

という特徴がありました。共通テスト本番ではこの傾向が多少ありましたが、色々な資料文章を見て必要な情報を集めてくるというまでには至りませんでした。(英語では資料を追いかける問題があったようですが)ですので、センター試験とほとんど変わらないような印象があります。

ただ、「今回はそうだった」というだけで、来年以降はどうなるのかまだ分かりません。特に現中学2年生以下の学年は未確定要素が多いです。簡単に言うと「何が出るか分からない」のです。

ですので、「何が出るか分からない」からこそ読解力をつけておく必要がある、と思いませんか? 「前回〇〇が出たから今度は△△がでるだろう」、という類の対策は愚かだと思っています。何が出ても良いように自分の力を高めておくことこそ、最大の対策だと思っています。



残念な現実

もう何年も国語塾をやっております。ほとんどの子は高松高校・高松一高・高松西高に進学する、いわゆる「できる子」達です。そういった子たちでも、読めている子はほとんどいません。読めていると思っているのは「文字」です。文字は読めています。でも、内容は理解できていません、という意味で「読めていません」。

それを読めるようにするためには魔法はありません。薄い紙を1枚1枚積み重ねるように、毎日毎週少しずつ少しずつ練習を積んでいくしかありません。でも、その結果、読解ができるようになります。

 

以下、衝撃的かもしれませんが、現実です。学校で上位20%以内入る子たちでも、次のような状況です。

◆20文字程度の本文き抜き問題を5問程度やって、全て正しく書き抜きができる子は5%ぐらいしかいません。
◆該当する1文の初めの5文字を書く問題で、1文の初めの5文字を正しく書ける子は50%程度です。
◆文字数を数える問題で、文字数を正しく数えられる子は50%程度です。

決してウソではありません。全部証拠も残っています。(ある方法で残してあるのです)※現在席生だけの話ではありません。

個別指導で一人一人の答案を丹念に追いかけていると、こういったことに気付くのです。

私はこれをミスだとは考えておりません。こういったことをする能力が欠けていると判断しています。ミスだと認識すると「じゃ次はミスしないように気を付けよう」みたいな抽象的で曖昧な対処で終わってしまいます。私は、能力の欠如だと判断しているので、できるようになるために繰り返して練習します。

こういった状態から、地道に地道に地道に(×100回言いたい)修正して、訓練して、読める、書けるようにしていくのです。中学生の間にその力をつけておけば高校生になってもさほど困りません。先日の共通テストの国語で高1の段階で7割とれているほどです。


中学生時分から国語の読解が良くできていた高校生のMさん、大学受験に向けて国語の学習は何もしていないし、対策もしていないそうです。

だって、そこに書いてあるから、それ読めば良いだけ。どんな問題が出ても同じ

これが理想じゃないですか。真に読解力がある子はこうなります。

 



まずは話を聞いてください。

年に何回か「保護者説明会 国語の危機を救う具体策」を開催しております。簡単に大学受験に関する情報、教科書改訂に関する情報(これ実はとても重要です)、そして、国語の読解に関する現状と具体的な対策に関してお話しております。

まずはここから、「お子さんの国語力」に関して考えることを始めてみてください。

早く気付いて。文の意味が分かってないことに早く気付いて。という願いでいっぱいなのです。



保護者説明会 国語の危機を救う具体策



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